会社員をやりながら英国の大学のオンライン修士課程を修了した

昨年の11月にエディンバラ大学の以下のコースを修了した。専攻はデータサイエンス系である。
関心がある人向けの情報共有を兼ねて、個人的な体験から大変だったことや学んだことをまとめておく。

www.ed.ac.uk

事務とのやりとり

大学の事務は冷淡でお役所仕事という話ではない。そもそも事務仕事が適切に処理されていないので、こちらから積極的に働きかけて適切に処理してもらわなければならなかった。
半期ごとに履修登録した科目に関する請求書が届く(学期単位でなく科目単位で学費を納める)のだが、登録していない科目の学費が請求されたり、反対に登録したはずの科目が受講できないことになっていたりと、毎回のように登録内容が間違っていた。
また修士論文の提出には専用プラットフォームへのアカウント登録が必要で、内容がメールで周知されていたのだが、私は送信先から漏れていてプラットフォームの存在も知らなかった。
たまたま〆切の3、4日前に指導教員と雑談していたとき、あれメールきてないの?と指摘され、大慌てでアカウント登録の手続きを進めた。
システム管理者の承認待ちなどもあって、提出が完了したのは〆切の2時間前だった。
率直にいって日本で在籍した大学よりも事務仕事の質は低かったが、一方で事務的なことであっても融通が利く場合が多かった。
実際、修論の提出も〆切の時刻を過ぎる恐れがあったので、この遅れは私の責任ではないのでなんとかならないかと交渉したところ、アカウント登録完了後すぐに提出してくれれば〆切までに提出した扱いとするとの了承を得た。
これはカナダの大学に留学した(オンラインでなく、現地へ行った)ときにも感じた。提出物の期限や採点基準に細かい基準が設けられているわりに、これ無理なんで〆切延ばしてもらえませんか?などと学生が提案するとあっさり通ることがよくあった。

LaTeXでの論文執筆

レポートではLaTeXを使わなくてよかったが、修士論文ではLaTeXによる文書作成が求められた。
もともとの専攻が人文・社会科学系だったので、はじめて泥縄式にLaTeXを使って苦しめられた。
それでなくても書きたいことを英語に訳すという一つ目のハードルがあるのに、さらに書きたい数式のLaTeX記法を調べて、コンパイルに失敗したらエラーメッセージを読んで、を繰り返すので、書く内容が頭に浮かんでから画面上で文章になるまでの時間がものすごくかかった。
いわゆるプログラミング言語LaTeXは似てもいないし非なるものだと使ってよくわかったが、やりたいことのやり方を調べて、動かしてみて、エラーが出たらメッセージを読んで対処法を調べる、というサイクルを回すにはプログラミングの経験が活きたとは思う。

英語

英国の大学なので、すべての講義は英語で行われるし、修士論文も英語で書く。
エディンバラ大学の大学院は入学要件にIELTS6.5以上のスコアが求められるのだが、これがクリアできていれば英語に関してはなんとかなるのではないか。
なんとかなるは余裕という意味ではなく、講義の聴き取りや会話でうまくいかないことはざらにあった。修了にこぎつけられるくらいの意味合いだ。
また私の指導教員はインド人だったので、独特の訛りがあってとくに聴き取りに苦労した。何度も聞き直したり、後で書面で送ってくださいと頼んだりした。
情報系だとさまざまな国籍の人が教員をやっているので、いろんな訛りの英語に触れる機会は多い方だと思われる。
一方で英語の読解はそんなに大変だと感じなかった。
人文・社会科学系の科目だと1週間で論文や本の1章を何本も読んだことに比べると、パワポのスライドで講義資料を配布されることも多く、内容の理解に時間がかかることがあっても英語でなく数式やアルゴリズムに起因するものだった。

情報系の知識

もともと人文・社会科学系の専攻だったので、情報系の知識は仕事をしながら覚えたものがほぼすべてだった。
英国の修士課程の多くがそうみたいだが、私のように情報系以外の専攻だった人を多く受け入れており、日本のように院試で分野の基礎学力を確認することもないので、そういったレベルにも配慮されたカリキュラムが組まれていると思われる。
その分、学部より明確にレベルの高いことが学べるとは限らないかもしれない。
そうはいっても、大学教養レベルの数学やアルゴリズムとデータ構造の練度が高ければと思うことはあった。
また専門外に配慮しているとはいえ、Linuxサーバにリモート接続してプログラムを配置して動かしてください、くらいの指示は当たり前のようにされるので、実務系のITスキルもなければ相応の労力はかかる。

本業や家庭との両立

これはその人が置かれた環境によって異なるので一般的なことは何も言えないのだが、私の在学中は残業が少なく両立しやすかった。
また在学中に結婚したのだが、妻の理解があったおかげで自由にやらせてもらえた。
そうはいっても月単位や週単位で普段飲まない栄養ドリンクを買い込むくらいのことはあったが。
社会人コースの多くは長期履修制度があるので、各人の忙しさに応じた計画を立てるのがよいのだろう。
強制的に時間を天引きされることにより修了した後にも時間の使い方を見直すきっかけになると思う。

オンライン環境

2019年9月に入学した当時、オンラインの大学院って正直どうなんだろうかという疑念を持っていたのだが、半年も経たないうちに新型コロナウィルスの流行で仕事も学業もオンラインがめずらしくない世の中になってしまった。
このため、特別な形態で学業をやっているという意識は薄くなった。
事務の不備を別とすれば、与えられた課題をこなすのにオンラインが大きな障害となったことはなかった。
一方でカリキュラム外だが大学に所属することで得られる学びは少ないと思う。
これはバイト、サークルに代表される課外活動のような話に限らず、たとえばLaTeXの使い方にしても物理的な研究室に属していればさくっと教えてもらったり、tipsが代々伝わっていたり、といったことがあるのではないか。
こういったノウハウもどんどんドキュメント化・オンライン化すればよいと思うが、費用や時間の問題でなんでもかんでもというわけにはいかず、ある種のスキルの習得においては対面が最も効率的な場合もあるのかもしれない。

何を学んだのか

データサイエンスの教材は山のようにある。能力とやる気さえれば、修士レベルの知識は独学で十分に得られると思う。
そのうえであえて大学院に入るなら独学では学べないことを学ぶべきと考えた。
人によって能力ややる気のある分野が異なるので、独学では学べないことも異なるはずだ。
私の場合、ロボット工学やメタヒューリスティクス、Cによるプログラミングといった、このまま仕事を続けても触れないであろう分野の科目を重点的に受講した。
また、ビジネス系の科目で単位を取得することもできたが、ずっと文系の人間で文系科目は散々履修したので全単位をいわゆる理工情報系でそろえた。
一度社会科学系で書いたことがあるとはいえ修士論文もよい経験になったと思う。
主語が大きいことを恐れずに書くと、情報系と欧米の文化の特徴としてアウトプットを重んじることがあるのではないか。
それゆえに、いかにアウトプットを出すか、アウトプットを形式的にも内容的にもよくするかという観点からの指導が多かったと感じた。